富川悠太は昔はプロ野球選手になりたかった!?

どうも、観戦するならサッカーよりも

野球派のゆいやです。

今回は「報道ステーション」という番組の

司会を努めている富川悠太さんを記事に

したいと思います。

富川悠太さんには

実は野球選手になりたかった時期があった!

という過去があるので、それを紹介していきたい

と思います。

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子供の頃はプロ野球選手にあこがれていた!

子供の頃はプロ野球選手に憧れ、学生時代は野球部(都立国立高校在学中)に所属。副主将でポジションはショート。

出典:wikipedia

という経歴もあり、子供の頃は

子供に大人気の職業「プロ野球選手」

なりたかったということがわかります。

プロ野球選手になりたかったということは

あり、その気持ちは本物で、高校の頃は

ショートという重要なポジション

守っていただけではなく、副キャプテン

努めていたという実績がありました。

高校野球というのはとても厳しい世界で、

どの部活よりも厳しいというイメージが

あります。

その厳しい世界で副キャプテンになった

という実績がありましたので、その精神力

計り知れない方なのかなと思いました。

僕自身もソフトボールを小学生の頃

習い事としてやっていましたが、

小学生の頃から敬語や礼儀作法を

叩きこまれるなど厳しい世界を

体験し、やり抜くという精神力を

身につけてきました。

当時は瓶底眼鏡をかけていた!?

当時はいわゆる「牛乳瓶の瓶底」のような黒縁眼鏡をかけていた。

出典:wikipedia

ということが分かる通り、当時は

瓶底眼鏡と呼ばれている眼鏡を

かけていたということがわかりました。

しかし瓶底眼鏡ですがしっかりと

黒縁というおしゃれなフレームを

選んでおり、高校の頃からおしゃれに対する意識

あったのではないかと思います。

僕自身も目が悪く眼鏡をかけていて、

黒縁眼鏡をよく選んでいました(笑)

それぐらい黒縁眼鏡って本当に

おしゃれなんですよね!

大学で小学校の教員免許を取得!

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大学でも体育を専攻。小学校の教員免許も取得した。大学生時代には、母校・国立高野球部の助監督も務めていた。

出典:wikipedia

ということもあり、大学の頃も

体育や運動に対する意識は高く、

小学校の教員免許を取得したという

実績もあります。

それ以外でも、母校の高校の

助監督を務めるなど、大学の頃でも

野球に対する意識は高かったのでは

ないかと思います。

子供の頃の夢って歳を取るにつれて

忘れてしまうことが多いですよね、

ですが富川悠太さんは幼い頃の夢

忘れずに、野球に対する意識

が強いまま大学に進まれたということ

ではないのかなと思います。

ちなみに僕の小学校の頃の夢は

宇宙飛行士でした。

ちなみに幼稚園の頃は

スーパーマーケットの店員さんでした(笑)

報道だけではなかった!

『スーパーJチャンネル』では街の面白い噂やグルメを追いかけたり(2007年まで)と、硬軟問わず担当。

出典:wikipedia

ということがわかると思いますが、2007年まで

グルメや面白い噂を追いかけたりするなど、

柔軟な動きをしていたということが

わかりました。

ということはこの方はとても好奇心旺盛

方であり、興味を持ったことに対しては

自分から進んでやっていくタイプの方

なのではないかなと思います。

僕自身も、好奇心旺盛で、

チャレンジャー精神も豊富だったので、

この方がもし好奇心旺盛なタイプ

であるならば、好奇心旺盛な方は

共感できるかと思います。

まとめ

いかがでしたか?

実は司会の富川悠太さんは子供の頃の夢は

プロ野球選手、そして高校の頃は野球部で

副キャプテンを努めていたという事実が

わかりました。

報道だけでなく、面白い噂やグルメを

追っていたということで、好奇心旺盛な

方だとも感じ取れました。

何かありましたらお問い合わせにお願いします。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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